リアルタイムの情報共有が「緊急医療」の現場を変える——切迫する救急医療支援に一石を投じる「ユビキタス救急医療支援システム」

傷病者のもとに駆け付け、一刻を争う緊迫した状況で救急救命処置を行う救急救命士。かつては救急活動中に医療行為を行うことは法律で禁じられていたが、救急救命士法が 1991 年(平成 3 年)8 月に施行され、現場に到着した救急隊員が医師の指示の下で救急救命処置を行うことが可能になった。

以降、法改正を重ねながら医療行為の幅を広げてきた救急救命士だが、全国の救急出動件数は 2023 年(令和 5 年)に集計開始以来最多の 763 万件以上を記録するなど、増加の一途をたどっており、その役割は近年ますます重要になってきている。

こうした時代状況から、今後のさらなる救急処置の高度化、病院前救護体制の充実・強化は喫緊の課題だといえるが、神奈川県横須賀市は 2014 年度(平成 26 年度)から「ユビキタス救急医療支援システム」を導入し、傷病者を受け入れる病院側との連携運用を開始。同システムは、救急隊と医師でタブレットを活用し、救急車から傷病者の「映像」と救急車の「位置情報」を病院側と共有する機能を持ち、迅速な救急対応の一助を担う。横須賀市に開発拠点を置くYRPユビキタス・ネットワーキング研究所と協力し、救急隊と病院の情報共有を支援する「ユビキタス救急医療支援システム」を展開させてきた。

今回の取材では、横須賀市消防局救急課の救急管理係で消防司令(指導救命士)を務める近藤祐二氏に「ユビキタス救急医療支援システム」の導入経緯やその詳細についてお話を伺った。

横須賀市消防局 救急課 救急管理係係長 近藤 祐二氏

消防・救急の現場体制について

——近藤さまご自身もかつて救急隊員であったとお聞きしました。消防・救急の現場の体制と、現場での心構えについて教えていただけますでしょうか?

近藤 消防、救急の部隊は大きく「消防隊」「救助隊」「救急隊」の三つに分かれて編成されています。各々の部隊はそれぞれ「火災の消火活動」「火災・災害・事故での救助活動」「急病人や負傷者を病院へ搬送」という役割を担っていますが、私はこの三つの現場を経験し、救急救命士、さらに指導救命士の資格を取得しました。

日に何件もの救命出動をしていると時には心肺停止などの深刻な事案に遭遇しますが、経験を積み重ねていくことにより、慌てず冷静に対応できるようになっていきます。現場では船頭が慌ててしまうと全体が混乱してしまいますので、何より重要なのは冷静な対応を行うことだと考えています。

——所属されている救急の役割を教えていただけますでしょう

近藤 救急課はいわゆる事務方で、「救急管理係」と「救急指導係」に分かれています。管理係は救急隊が使用する資器材の見直しや購入、統計業務などを担当しています。統計業務では現在のみならず、何年か先の業務にも活用することを見据えて分析を行っています。指導係は三浦半島地区のメディカルコントロール協議会1の事務や、新しく救急救命士を養成するための事務を担当します。

——「救急隊」と「救急課」では業務の役割が異なるということですね

近藤  はい。救急課は基本的に現場には赴きません。ただし近年横須賀市の救急出動件数は増加の一途をたどっており、救急課の人員も予備の救急車を運用して出動する場合があります。また、庁舎内で職員や来庁者の具合が悪くなった際は、必要な資器材を持って現場に急行し、救急隊が来るまでの対応を行っています。

——救急隊の数ですが、2015 年(平成 27 年)時点における 12 隊から、2023 年(令和 5 年)に 15 隊に増やされてますこれは 2017 年(平成 29 年)から三浦市を含めた広域消防として、2 市総合で住民のサービスに当たるようになったからということでしょうか。

近藤 はい。2017 年(平成 29 年)の広域化で 14 隊になり、救急件数の増加をふまえて 2021 年(令和 3 年)4 月に機動救急隊を 1 隊配置して 15 隊となりました。機動救急隊は 8 時半から 17 時 15 分までの日勤体制で、365 日出動態勢をとっています。

少子高齢化という時代背景

——少子高齢化の中で、救急車を要請する年齢層にどのような特徴や変化がみられますか?

近藤 成長期や青年期の方たちは重病の場合を除いてそれほど頻繁に救急車を呼ぶわけではありません。救急車の要請が最も多いのは 65 歳以上の高齢者層で、それはまさに少子高齢化の影響だと思います。

——ここ 10 年間で、横須賀市の人口は約 36,000 人減少(約 9 %減)していますが、それでも 65 歳以上の方の救急車要請は増加傾向なのでしょうか。

近藤 全人口は減少していますが、65 歳以上の層に関しては増加傾向にあります。横須賀市で育った若い方が市外に出て、ご両親は市内に残っているというケースも多く、高齢者層自体は増えているという認識です。以前は 2 世代 3 世代が一緒に住む形態が多かったのですが、今は高齢者の二人暮らしや一人暮らしが増えています。そのため警備会社からの通報、あるいは心配した家族が遠隔地から通報するケースもあり、救急出動件数は増加し続けています。今まさに、こうした状況への対応が課題となっているのです。

増加する救急車出動要請への対応策

——救急車出動が増える中、横須賀市ではどのような対策を取られているのでしょうか。

近藤 救急隊は 119 番で救急車の要請が入った段階で、必ずその現場に赴くのが原則です。以前は 119 番通報においても病院受診の相談や医療機関の案内についての問い合わせが多かったのですが、2023 年(令和 5 年)から始まった#7119(シャープナナイチイチキュー)が 2024 年(令和 6 年)11 月から神奈川県全体で始まりました。現在は今すぐ救急車を呼ぶべきかという判断の相談はそちらに誘導していますが、最終的には受診を希望される者が多いため、救急車の要請件数はあまり減っていません。

——救急車を呼ぶべきかどうかをその場で判断することは、やはり一般人はもちろん専門家でも難しいのでしょうか?

近藤 何が重症で何が軽症かの線引きを行うのは難しいです。ご自身で歩けて救急車に乗れる方も、病院で精査すると重症だったというケースもあります。重症者を見逃してはならないわけですが、救急車を呼ばれた段階で適正不適正の判断を行うのは容易ではなく、慎重に対応していく必要があります。迷った際は#7119 や救急受診アプリ「Q助」、横須賀市の救急受診ガイドといったツールを使って選択肢を広げていただければと思います。



救急受診アプリ「Q助」

——実際に #7119 を導入したことによる影響はどのようなものがありましたか?

近藤 指令課によると 119 番での相談件数は導入以前に比べて少し減ったということです。119 番での相談対応は回線が限られているため、#7119 が相談対応を行うことで 119 番の負担をかなり減らすことができます。そういった部分ではたいへん助けられており、今後も期待したい部分です。

—— 2023 年度(令和 5 年度)の救急出動件数は約 30,000 件にのぼり、17.5 分に 1 回という高頻度の出動だったとありました。こういった状況に対してどのように対応されましたか?

近藤 2023 年度はこういった状況をふまえ、非常用救急車を編成して対応しました。夏場は熱中症関係で出動回数が非常に多いため、その期間は救急体制を強化して何とか乗り切ることができました。

救急隊と病院の細やかな情報共有を実現

——救急支援システム導入前は一体どのようなことが救急活動の課題に挙げられていたのでしょうか?そして、導入後はそれがどのように改善されましたか?

近藤 導入前は、救急現場から医師への傷病者の状態説明(プレゼンテーション)が課題でした。電話を通しての説明のみだと状況が伝わりにくいのと、傷病者のさまざまな状況、かつ急を要する場面で救急隊もとっさに該当する医療の専門用語が出てこないこともあります。導入後は救急隊と医療機関の両方に設置してあるタブレットを使って傷病者の映像を伝送できるようになり、たとえば「お腹はこんなに腫れています」といったように、傷病の状態を一目瞭然に伝えられるようになりました。

また、現場から上半身と下半身の様子の映像を別々に送り、医師はそれらの映像とともに血圧などの表示モニターなどの画面も見えるといったような状態で、状況を細やかに共有できるようになりました。それらを見た医師から「急いで来て」といった指示を受けた場合には早期に搬送を始められるようになりました。

ーー現場ではどのように運用されているのですか。

現場は運転手を含めて 3 人体制です。救急隊と医師が会話するときは、1人が電話で医師に説明し、もう 1 人がタブレットを使って医師からの依頼に対応する、というような運用をしています。

——導入前は電話だけで医師に状況を説明していたのですね。

近藤 はい、伝達手段は電話だけでした。当時はフィーチャーフォンが主流で、画像を撮る機能はありましたが、個人情報保護法の関係で使用できませんでした。鋭利なものが刺さっている場合など、具体的な状態を言葉で説明するのは困難です。それがこのシステムでは、救急車内にカメラが設置されていてその映像を救急隊・医療機関で共有でき、かつそのカメラのアングルを救急隊だけでなく医療機関も変えられます。そのためにスムーズに状況が共有でき、傷病者側に負担がないこともメリットです。


救急車内に設置されているカメラ

——救急医療支援システムに対して、医療機関からの反響はいかがでしたか?

近藤 実証事業で救急課・救急隊と医療機関の両者が機器の操作方法に慣れてから、本運用を開始しました。そのため導入はスムーズで、傷病者の状態がリアルタイム映像で確認できる点をすぐに評価いただきました。

救急隊にとって最優先されるのは傷病者の命を救うことです。その目的を達成するための手段として、このシステムは非常に有効なツールだと感じています。

YRPユビキタス・ネットワーキング研究所との連携はいかに実現したか

——「ユビキタス救急医療支援システム」の開発元は横須賀市に開発拠点を置くYRPユビキタス・ネットワーキング研究所ですが、どのような経緯で協力することになったのでしょうか?

近藤 2010 年(平成 22 年)に総務省によって「地域ICT利活用広域連携事業」に係る提案の公募が開始されました。医療、介護、福祉、防災、防犯などの公共分野での課題解決のためにICTを利活用して、広域での地域間の連携によって地域の公共サービスの充実を実現しようという取り組みです。医療分野においては当時から病院側の受け入れ困難やたらい回し、高齢者増加などの課題がありました。

この公募に際してYRPユビキタス・ネットワーキング研究所が「ユビキタス救急医療支援システム」の開発を提案するため、横須賀市に事業内容を相談したのがきっかけとなりました。内容に本市が賛同して、2012 年(平成 24 年)に医療機関協力のもと実証事業を開始し、2014 年(平成 26 年)4 月 1 日から正式運用を開始しています。

——諮問委員会に申請してから了承を得るまでに大体どのぐらいの時間がかかりましたか

近藤 実証事業を実践し、そのデータも提出するため、申請から承認まで半年から 1 年ほどかかりました。

映像伝送と位置共有が変える「緊急医療」

——最終的にシステムに実装された機能は具体的にどのようなものですか?

近藤 ユビキタス・ネットワーキング研究所の研究により、できるだけ活動に負担がないように機能を絞り込んだ結果、映像伝送と位置・地図共有という必要不可欠な機能に集約されました。操作方法も簡易で、感覚的に操作できます。ペンなどの特別なアイテムを使う必要もなく、タッチパネルでの操作で完結します。角度を変える機能やズーム機能なども現場ではとても役立ちます。

——救急車の位置情報を共有することにはどのようなメリットがありますか?

近藤 緊急度及び重症度の高い傷病者を搬送している救急車が今どのあたりを走っているのかがわかれば、医療機関は受け入れ時間を把握しやすくなります。救急隊側ではどの病院に救急患者が集中しているかを確認でき、傷病者の緊急度及び重症度を考慮し、必要に応じて別の病院を検討できるのがメリットだといえるでしょう。

救急隊と医療機関で共有される救急車の位置
(赤は救急車、青は病院の位置)

――隊員がスムーズに搬送先の病院を探すことができるというわけですね。

近藤 横須賀市ではパンデミックの時のような緊急時の医療体制の場合を除いて、実はたらい回しは多くありません。この冬はインフルエンザが大流行し、新型コロナウイルス感染症もまだ残っているため、受け入れ困難な事例が何回かありましたが、それほど頻繁ではありません。

三浦半島地区には 2 か所の救命センターがあり、重症者は必ず受け入れてくれます。横須賀市民病院もあり、この 3 病院で振り分けて搬送しています。3 病院でこの医療救急システムが導入され、活用されています

——映像と位置情報を送る機能を同時に備えることで、どのようなメリットが生まれましたか?

近藤 特に遠い場所から搬送する際のメリットが大きいです。到着予定時間を伝え、状態が悪化したら映像で中間報告もできるため、医師にリアルタイムの変化とリアリティが伝わり、先生方の態勢も実際に目の当たりにしているかのような緊張感を帯びてきますね。

「一目瞭然」を可能にする

——特にこのシステムが「本当に役に立った」と感じられたような事例や症状などはありますか?

救急隊・医療機関で共有される
車内カメラの映像

近藤 急性心筋梗塞の例では、心電図の特徴的な変化をこのシステムで映して医師と一緒に確認できるという点がたいへん役立ちました。心電図には心臓の状態を異なる角度から測定する「胸部誘導」と「肢誘導」があり、心筋梗塞の際に特徴的な変化が現れるSTという波形の上がり下がりが画像で一目瞭然になるため、急いで病院に搬送する必要があるかどうかを医師が判断できるようになります。

また、患者さんの血圧や脈拍、呼吸数などの生体情報(バイタル)も確認して、心電図に表示される波形(ライン)の上がり下がりのパターンから、心臓のどの血管が詰まっているかどうかも推測できます。

——医師に映像を送ることで、さまざまなことが判断・推測できるようになるということですね

近藤 はい、たとえば左の冠動脈が詰まると重症化しやすいということはわれわれも教育されていますので、医師に「ここが上がって、ここが下がっています」と心電図の画面を見せながら、わかりやすく説明することができます。

傷病者の声と反応

——映像を病院側にることについて、傷病者の方が拒否感を持つことはありますか?

近藤 特にそうした報告は上がってきていません。現場では「搬送先の先生にあなたの今の状態を映像として送ることで、詳しく診療していただけます」といったように丁寧に用途を伝え、了承していただいています。

——搬送された傷病者の方の声を直接聞く機会などはありますか。

近藤 傷病者を搬送した後に接触することはないので、直接感想などは伺ってはいません。しかし先にお話ししたように、映像の共有によって判断が速くなり、より円滑、迅速な医療機関への搬送につなげられています。システムの運用を通じて、傷病者への円滑な治療につなげられているという確かな感触を得ています。

個人情報保護法上の制限

——伝送する映像に音声が伴っていると便利だと思いますが、映像と音声は同時に伝えられるのですか?

近藤 音声の伝達には電話を使っています。確かに映像と音声が一つのタブレットを通して扱えるのが理にかなっているとは思いますが、個人情報保護の観点から「録画すること」と「映像と音声を同じデータ内で流すこと」はできません。そのため、システムには録画の機能も持たせていません。この条件で 2013 年(平成 25 年)に横須賀市の諮問委員会と横須賀市個人情報運営審議会にかけ、導入の承認を得ることができたという次第です。

システムへの利用状況、課題点について

——横須賀市の消防車の出動回数は 2022 年(令和 4 年)に約 28,000 回、2023 年(令和 5 年)に約 30,000 回と増加の一途をたどっていますね。システムの利用も同時に増えている状況でしょうか?

近藤 新型コロナウイルス感染症が 5 類に移行して人の活動が活発になりだし、日本全国で急激に救急件数が増えている印象がありますが、私たちは緊急度と重症度を勘案して本システムを活用しています。

利用状況に関しては具体的には 2022 年(令和 4 年)は 80 件、2023 年(令和 5 年)は 190 件と利用回数も増えています。

——この救急医療システムについて、課題に感じられている点、改善を希望する点などはありますか?

近藤 横須賀市は山間部が多く、幹線道路にもトンネルが多いため、トンネル内で通信が切れてしまうことがあります。通信キャリアの問題もありますが、その解消策としてYRPユビキタス・ネットワーキング研究所にシステム上で再送信ができる仕組みを入れていただき、映像が切れても再開できるようにしています。通信が切れる問題は完全には解消していませんが、報告を見るかぎりでは減ってきています。

——イニシャルコストとランニングコストについて教えていただけますか。

近藤 運用費は年間約 300 万円です。初期費用は総務省の「地域ICT利活用広域連携事業」の委託金を活用しているので、実は横須賀市にはイニシャルコストはかかっていません。

他の自治体へのメッセージ

——現在、こういった救急医療の DX化に一歩を踏み出せていない自治体にメッセージをいただけますでしょうか。

近藤 救急活動は傷病者に最大の利益を提供しなければいけません。今の若い医師は映像で育ってきている方も多くなってきています。電話での「言葉」だけでなく「映像」でコミュニケーションができるようになると、一層円滑な救急業務の一助となると思います。本システムについて関心を抱かれ、行政視察に来られる自治体の方もいらっしゃいます。もし本市の取り組みについてご興味があればぜひお問い合わせいただければと思います。

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東は東京湾、西は相模湾に面し、気温の高低が比較的少なく過ごしやすい気候に恵まれる横須賀市。しかし、同市は 2020 年時点で 65 歳以上の高齢者が総人口の 32 %を占めており、神奈川県内の市では 4 番目に高齢化が進んでいる地域でもある。今後ますます負担が増すのであろう救急救命の現場において、「ユビキタス救急医療支援システム」が示した次世代救急医療体制はさらにブラッシュアップされ、市域を超えて多くの人に求められていくのだろう。

ICTの応用分野は多岐にわたるが、こうした医療分野でこそ一刻も早く普及していくのが望ましい。本システムが救急医療支援のロールモデルとして、広く普及していくことを期待したい

*本記事は、地方公共団体DX事例データベースに掲載しているDX事例「救急隊と医師間の情報共有支援システムを活用した救急活動 ー「ユビキタス救急医療支援システム」」の特集記事となっています。こちらもあわせてご覧ください

  1. メディカルコントロール協議会:救急救命士を含む救急隊の救急活動の質の向上を図る取り組みをする協議会
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