自治体DXの鍵はアナログな業務改革にあり――北見市「書かないワンストップ窓口」

北海道の東部に位置する、人口約 11 万人のオホーツク圏最大の都市である北海道北見市。北見市役所には、申請用紙もなければ、それに記入するための記載台もない。来庁者が窓口に行くと、本人確認の後、職員が端末を操作しながら手続きに必要な項目の確認をする。何度かやりとりすると、必要事項が記入された申請用紙が出力される。来庁者は、その内容を確認して署名するだけだ。自分で申請書に記入する必要はなく、カウンターを回る必要もなく、さまざまな手続きがほぼ 1 か所で終わる。

出典: 北見市

こうした窓口は「書かないワンストップ窓口」とよばれ、今、全国の多くの自治体で急速に普及しようとしている。北見市では、「書かないワンストップ窓口」での受付を支援するシステムを地元ベンダーと開発したが、その先駆けとなるシステムは職員が自作し、2011 年に税務部門で実証を開始した。今では、住民異動や戸籍届などに伴って発生する多くの手続きをワンストップで受け付け、「書かないワンストップ窓口」の先進自治体として広く知られている。北見市と地元ベンダーで開発したこのシステムは、2024 年 3 月時点で全国 36 の自治体で採用され、その著作権利用料は市の歳入にもなっている。

北見市のこの取り組みは、すでに全国の自治体で模範とされている。2022 年 8 月に内閣官房が主催した夏のDigi田甲子園では、ワンストップ・ワンスオンリーな窓口手続きとして、今後とも全国で一層普及が進むことが期待される点が評価され、「書かない窓口」の優良モデルとして「実装部門(市)」でベスト 4 を受賞。続いて 2023 年 6 月には、「日本 DX 大賞 2023( 日本DX大賞実行委員会主催 )において「行政機関・公的機関部門」の優秀賞を受賞した。

これからますます目が離せない北見市の取り組みについて、北見市 市民環境部窓口課 管理係長の吉田 和宏氏にオンラインでお話を伺った。

出典: 北見市

市民環境部窓口課 管理係長 吉田 和宏氏

窓口業務改革の始まり

―― 日本DX大賞2023受賞のプレゼンテーションの中で、「役所の窓口業務は、お叱りを受けることはあっても、褒められることはほとんどない」というお話がありました。

吉田 はい、役所に来る方は「わざわざ時間を作ってなぜ役所に行かなければならないのか」と、どうしてもマイナスの意識からスタートしているかと思います。そのうえ役所に来ても、長時間待たされたり、組織が縦割りで手続きが 1 か所で済まず、あちこち窓口を回らなくてはいけなかったり。申請書類を書いてと言われてもどう記入してよいのかわからないなど、いろいろなことが不満につながっていき、お叱りを受けることがあります。逆に、住民からみると職員は行政のプロ。難しいこともできて当たり前なので、褒められるようなことは少ないと感じます。

――そういった状況は、市民にも、職員の方にもストレスになると思いますが、それが窓口業務改革のきっかけの一つになったのでしょうか。

吉田 はい、職員は、業務をこなせるようになるまで、分厚いマニュアルを読み込んで、大変な思いをして覚えていく必要があります。そして現場では、複雑な処理を何度も間違いなく繰り返す必要がある。従来の窓口は、市民にとっても職員にとってもストレスフルな環境であったといえるでしょう。

実は、北見市の窓口業務改革は、税務部門の職員が自分たちの業務の負担の軽減と、税証明の申請手続きを簡素化したいという思いから始まりました。普段業務をしていると、どこに目詰まりがあるか気づいてきます。自分たちの力で何とかしたいと税務部門が動き始めたのが 2009 年頃で、それが北見市の窓口業務改革のスタートになっています。今でこそ住所・戸籍に関する窓口が注目されるようになりましたが、当時戸籍住民課の業務改革に対する温度感は低かったように思えます。

そうしたなか、2011 年 8 月には税務部門で書かない窓口の実証が始まりました。11 月には総合窓口推進プロジェクトチームが発足し、住民視点に立った窓口づくりのために、IT活用を含めた全庁的な検討が始まったのです。

業務改善への第一歩―まずはアナログでやってみる

――窓口業務改革を推進するにあたって、解決すべき課題には何がありましたか?

吉田 現状と課題を知るために、利用者視点で体験調査を行うことから始めました ( 2012 年 8月 )。カスタマージャーニー調査ともいうのですが、新人職員が一般市民になりきり、実際に窓口で手続きをして利用者目線で課題を洗い出していきました。そもそも申請書の書き方がわかりづらいので職員に尋ねる必要があったり、せっかく記入しても申請書を職員に直されたりしました。職員も都度確認や補正作業に追われ、利用者も職員もお互いに負担が強いことがわかっただけでなく、さまざまな課題が浮き彫りになりました。

昨年 2023 年に、11 年ぶりにこの体験調査を実施しました。体験調査の後にはワークショップを実施し、課題の洗い出しをします。この体験調査とワークショップは窓口改革だけでなく全庁の若手職員の育成も兼ねていて、新人職員を含む 22 名が参加しました。そのなかで出てきた改善案について、改善できるものはすぐ改善し、窓口改革を進めています。

出典: 北見市

手続き案内の見直し・作成
窓口のレイアウトの見直し
業務フローの見直し
動線・案内サインの見直し
机のレイアウトの見直し
システムの活用
ワンストップサービス
課と課の役割分担、引継ぎの見直し
ホームページの見直し
オンライン申請の充実
縦割りの解消
窓口の課題(出典: 北見市)

――体験調査から見つかった課題をどのように解決していったのですか?

吉田 北見市では、アナログでやってみるということをとても大事にしてきました。とりあえずお金をかけずできそうなところからやってみようという発想のもと、職員が自前でできるところから始めました。その一つがフロアサインの改善です ( 2012 年 12 月 )。それまで窓口に掲げていたのは「戸籍住民課」や「国保医療課」といった課の名前だけでしたが、それではそこでどのような手続きできるのか住民にはわからない。そこで、「住民・戸籍」「保険・年金」と手続きの分野ごとに色分けをしたフロアサインを職員が自前で作りました。

出典: 北見市

吉田 もう一つの例が、手続きチェックシート( 案内書 )の見直しです。それまでは、「国保医療課」や「障がい福祉課」といった課名を先頭に置き、課名にぶらさげる形で手続きを案内していました。しかしそれだと、自分の世帯でどのような手続きが必要か理解することが難しく、結局問い合わせを増やす要因になっていました。そこで、手続きチェックシートを見直し、ライフイベントを起点として 7 種類のチェックシートに整理し直しました ( 2023 年 12 月 )。

たとえば転入される方に向けた「転入」の手続きチェックシートがありますが、そこでは、「住所戸籍」「保険年金」といった分野に分類し、各分野ごとに年齢などの条件を当てはめることで必要な手続きが確認できるようになりました。

出典: 北見市

――市民の皆さんの評判はどうでしたか?

吉田 それまでのチェックシートは使いにくかったのか、そもそも住民の方に受け取ってもらえないこともよくありました。しかし改善後は、皆さん受け取ってくれるようになったと聞いています。

 「書かない窓口」は、職員提案の「業務改善」から始まった

――窓口業務は情報処理であるという観点から、手続きに必要なデータの処理に着目されたとのことが、どのような過程でそのように気づいたのでしょうか?

吉田 チェックシートを見れば、たとえば年齢や医療制度に加入しているというデータから必要な手続きにたどり着ける。つまり、データを起点として手続きが決まるので、そのデータをシステムに渡せば、システムが手続きを判定してくれるわけです。実は職員が無意識に持っている案内スキルみたいなものも、データに基づいていると気づいたのです。さらに申請用紙に記入する項目はデータそのものだったので、項目ごとにパーツを作り、パーツを組み合わせたレイアウトに変更しました。

――この発想をベースにして、来庁者に必要事項を確認しながら職員が申請書の作成を支援するシステム、いわゆる「書かない窓口」システムの原型を開発したということですね。

吉田 先ほども話題にありましたが、職員の業務効率化を進める観点からシステム導入が始まりました。当初は税部門で集計作業の簡素化と、住民が申請書に住所などを書く手間を省略するために、職員がMicrosoftのデータベースソフト「Access」を使って「かんたん交付申請」というシステムを自作。その後住民票や印鑑証明などの申請にも対応し、「かんたん証明申請」というシステムに進化して 2014 年 8 月から戸籍住民課の窓口でも利用開始しました。運転免許証などの本人確認書類の提示があれば、住所や氏名などを記入する必要はなく、住民の手続きも楽になりました。

――そこからシステム開発会社に委託した本格的なシステムに発展していくのですね?

吉田 はい。証明書の申請受付だけでなく、住民異動届の受付や、各種手続きのワンストップ受付も網羅的に対応できるシステムを構築するため委託しました。2015 年から開発が始まり、2016 年 10 月に「窓口支援システム」が導入されました。

――移行にあたってどのような苦労がありましたか?

吉田 今では「書かない窓口」のためのパッケージ化されたシステムが各社から提供されています。しかし、北見市は既存システムを利用するわけではなく、自分たちの理想の窓口を実現するシステムをゼロから開発したため、データ連携やシステムの要件定義など、いろいろ苦労しました。また、デジタル田園都市国家構想交付金のようなものもなかったことから、市の一般財源を投じました。そのため、財政部門などの庁内や議会の説得、協議、調整には多くの時間を費やすことになりました。

「書かないワンストップ窓口」へ

――本格的な「窓口支援システム」に移行してどのようなメリットがありましたか?

吉田 それまでは、先ほどのチェックシートを使って、職員が住民に問いかける形で、アナログにワンストップの受け付けを行っていました。しかし、どうしてもヒューマンエラーはつきもので、手続き漏れが度々起こりました。時には住民の方にまた来てくださいとお願いすることになり、お叱りを受けることありましたが、窓口支援システムが導入されてからは、システムが各業務システムと連携するデータベースを参照し申請者に必要な手続きが自動でリストアップされるので、手続き漏れもまず起こっていません。

また、受付ナビゲーション機能を持っていて、職員がシステムの支援を受けながら、簡単に窓口業務をこなすことができるようになっています。この機能の実現は職員に優しい機能として重要視しました。その結果、窓口業務に携わる職員の経験が浅くても対応が標準化され、窓口業務のハードルを低くすることができました。

――窓口支援システムが扱える申請の種類も増えています。

吉田 はい。最初は住民異動とそれに関連するいくつかの手続きだけでしたが、現在ではさまざまな課が所管する 130 種類ほどの手続きをワンストップ窓口で受け付けています。各課では従来のような受付業務は不要になり、その点で大幅な業務効率化が図られています。

――手続きにかかる時間はどれぐらい短縮されましたか?

吉田 たとえば、夫婦と子ども 2 人の 4 人家族が北見市に転入してきた場合、カウンターでの手続きは 15 分ほどで終わります。マイナンバーカードの住所の書き換えも追加で 10 分ほど待つだけです。おくやみ ( 死亡届関連の手続き )手続きでは、従来は 2 時間程度かかっていたと思うのですが、今では 30 ~ 40 分程度で済みます。「えっ、もう終わったの?」と驚かれることもあります。

――こうしたフロントの窓口業務だけでなく、バックオフィスの業務改革もされているということですが。

吉田 それまでは、職員が申請書を見ながらシステムに手入力し、住民票や印鑑証明書を発行したり、転入・転居・出生などを入力したりしていました。今では、申請書を作成する段階でシステムに入力が必要な項目がデータ化されているので、RPA( Robotic Process Automation )を使ってシステム間でデータを受け渡して処理を自動化しています ( 2020  年 7 月開始 )。戸籍謄本発行の RPA 処理は全国初で実現しました。導入効果としては、2021 年度では約 59,000 件、処理時間にして約 1,300 時間分が RPA で処理され、職員作業が大きく軽減されています。

長期的に改革を継続できたのはなぜか?

――お話しいただいたこれまでの窓口業務改革は、2009年の税務部門の業務改革の取り組みまでさかのぼるということでした。これまで長い期間にわたって改革を継続できた秘訣はどこにあるのでしょうか?

吉田 職員が自分たちの考えたアイデアを少しずつ実現していき、成功体験を積んできたことが大きいのだと思います。いきなり 100 %は目指さない。運用しながら直ししていく。うまくいかなければ元に戻せばいい。そういった考えと行動で業務改革を進められる土壌ができあがってきたと思います。この先も業務改革が止まらないよう、職員には自由な発想を持って業務にあたってほしいと思っています。

――2022年の「夏のDigi田甲子園」で紹介された動画を拝見しました。職員の方が活気を持って、自発的に取り組んでいることがうかがえました。

吉田 ありがとうございます。実はこの動画は、撮影も編集も職員と関係者だけで行いましたが、皆楽しんでいました。まずは自分たちでやってみるということが浸透していて、外部に動画制作を委託することは考えませんでした。

――この窓口業務改革はボトムアップで始まったとのことですが、最後には市長も納得して実現につながったのだと思います。これは市長とのコミュニケーションが良好だからこそ可能だったと思うのですが、その点についてはいかがですか?

吉田 北見市には職員提案という制度があり、市長が職員の取り組みを直接見聞きする機会がありました。また、採用された提案の実現のために動いてくれる管理職の方がいました。そうしたことも含め、職員同士や市長とのコミュニケーションはよく取れていたと思っています。

――最後の市長の決断が大きかったということですね。

吉田 市長からは前例のない取り組みで、難しい判断だったと伺っています。システム開発には 7400 万円もの一般財源を投じたわけですから。しかし、私たち職員が実現したいことや職員が試行錯誤して頑張って考えたことを形にしようと思っていただいたことにより、実現に至りました。

――この窓口業務支援システムは、市も著作権をお持ちとのことですが。

吉田 現在稼働しているシステムは、システム開発会社と共同開発したもので、市も著作権を持っています。他の自治体がこのシステムを利用、導入すると、著作権使用料が市の歳入となります。2022 年度決算ではこの著作権使用料収入が 1000 万円を超えました。販売が広がった結果、システム開発会社に還元され、北見市の税収にも還元されているということは嬉しく思っています。2023 年 3 月には全国 36 自治体で利用または導入いただきましたが、ここまで広がるとは思ってもみませんでした。

窓口業務改革における今後の展望

――窓口業務におけるDXの取り組みにおける新たな目標や計画があれば教えてください。

吉田 窓口業務は地道な作業が多く、デジタルを使った華々しい改革が何度もできるわけではありません。その意味で、これからも地道に内部の業務フローを見直し、少しでも職員や住民の方が省力化できる方法を探っていきたいと思っています。今でも手続きによっては住民の方にいくつかの窓口を回っていただく必要がありますが、窓口への業務集約を続け、コンパクトに 1 か所で手続きできるような体制を少しずつ強化していきたいと思っています。

――窓口でのキャッシュレス決済の導入も考えていらっしゃいますか?

吉田 実は、すでに本庁の窓口でキャッシュレス決済を導入しています。自動釣銭機もあわせて導入したことにより、既存の作業を廃止し、事務負担が大きく減った部分と、キャッシュレス決済の性質上、納付書の作成機会が増え、事務負担が増えた部分がありますが、総じてみると業務負担は減ったと感じています。住民サービスの向上という点で期待値は高いですが職員負担が増えないよう、既存業務の見直しなどもあわせて行うことがポイントだと考えています。

自治体へのメッセージ―アナログ改革にシステムを乗せる

――書かないワンストップ窓口を検討している自治体にメッセージを頂けますか?

吉田 役所の業務は変えてはいけないと思っている方が一定数いるように思います。しかし、私はいつも、役所の業務は変えていいんだ、変えられるんだということをお話しさせていただいています。窓口をワンストップにするということは、それまで縦割りだった業務を 1 か所にまとめることなので、役所の業務内容を大きく変えることになります。これにより、役所の業務がコンパクトになり効率が上がり、住民にとっても利便性が向上します。今後さらに人口が減っていくことが予想されるなかで、役所の規模も小さくしながら業務効率を上げていかなければいけない。そういった先を見据える意味でも、なるべく早く窓口のワンストップ化には取り組んでいただくのがよいと思います。

もう一つは、システムを導入する前に、アナログでの業務改革を十分に進めるということです。北見市でも、体験調査を実施して課題を洗い出したうえで、申請書の様式の統一や手続きチェックシートの改善などアナログな取り組みを全庁的に進めました。別の言葉でいえば、BPR( Business Process Re-engineering: 既存の組織・制度を抜本的に見直し、職務・業務フロー・管理機構を再構築すること )をしっかり進めるということです。業務の手順や流れを見直したうえで、仕事の流れにあうシステムの導入を進めていくという視点が重要だと思います。

出典: 北見市

書かないワンストップ窓口は、住民も職員もどちらの負担も軽くすること期待ができます。書かないワンストップ窓口を実施している自治体は増えてきており、ぜひ積極的に取り入れていただければと思っています。北見市の取り組みについて市のウェブサイトに各種資料を掲示しておりますが、ご質問などあれば遠慮なくお待ちしております。

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「DX( デジタルトランスフォーメーション )」の必要性は、民間企業だけではなく政府や地方自治体でも大きく叫ばれて久しい。しかしその計画や成果の内容をよく見ると、単に既存業務のデジタル化で終わっている例も少なくない。「DX」の意味は「デジタルの力を使って今までのやり方を変える」ということであり、その真の意味は「変える」のほうにある。「デジタル」は単に手段にしかすぎない。

北見市では早くからそのことに気づき、アナログでの業務改革を重視してきた。まずは自作システムでスモールスタートし、その後の本格システムの開発にも共同で携わった。さらにその間、職員意識の醸成にも努めてきた。まさにDX推進の王道を歩んできたといえるだろう。自治体はもちろん、民間企業のDX成功のヒントがここにある。

* 本記事は、 地方公共団体DX事例データベースに掲載しているDX事例「書かないワンストップ窓口」の特集記事となっています。こちらもあわせてご覧ください。

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