イベント開催の仮説検証を実証実験――「効果検証モデル」を用いたEBPMに向けた実践

東京都板橋区で各部署向けに展開しているDXコンサルティング事業「よろず相談DX」。その実績の一つに「絵本のまちひろば」というイベントに活用した「絵本のまちイベントデータ分析」がある。自治体でもデータ利活用が重要だと言われているものの、データ自体が実際に政策立案に生かされているとは言えない状況で、分析したデータが区民サービス向上につながらないことも少なくないという。そこで板橋区では、2022 年 10 月に開催したこのイベントについて事前に仮説を立て、その真偽を検証するために「効果検証モデル」を用いた実証事業を行った。そこには、DXを活用したデータ収集とそのデータ利活用の機運を開くための鍵があった。

そこで、「絵本のまちイベントデータ分析」の内容や経緯、今後の展開に関して、東京都板橋区 政策経営部IT推進課 DX戦略係 猪股謙斗氏と 同課 DX戦略係係長 安藤正博氏にお話を伺った。

 仮説の構築からデータ分析へ~「効果検証モデル」とは

――「絵本のまちひろば」というイベントについて、区民サービスの向上を目的とし、「効果検証モデル」という仮説を用いた分析を行う実証事業を行ったと伺いました。このモデルについてご説明いただけますか?

IT推進課 DX戦略係 猪股謙斗氏

猪股 「効果検証モデル」は、ゴールに向けて仮説を立て、課題を洗い出したうえで必要な分析方法・ツールを設定・試行し、その結果と最初に設定したゴールを比較・分析するという手法です。ゴールに向けて仮説を立てたうえで分析方法を決定するので、データ不足やデータ分析の目的がわからなくなるような事態が防げます。また、結果分析でさらなる改善策を見出すことができます。最近自治体でも EBPM (Evidence Based Policy Making:エビデンスに基づく政策立案) が注目されていますが、効果検証モデルは EBPM のための具体的な手法の一つであると言えます。

――「絵本のまちひろば」ではどのようなゴール、仮説を設定したのですか?

猪股 「絵本のまちひろば」は 2022 年 10 月に開催された子育て親子を対象にしたイベントです。板橋区での最大規模のイベントである「板橋区民まつり」の一つとして開催されました。効果検証モデルの実施によって達成したいゴールとは、親子の方にたくさん来ていただき、実際に楽しんで満足してもらえることです。このイベントは物販、体験型、読み物展示など6つのブースに分かれているのですが、「体験型イベントに興味・関心がある」、「子どもが多く参加する」、「区最大の「板橋区民まつり」の中のイベントなので認識されている」という仮説を立て、データ収集の結果からその仮説を検証しました。

――データ分析のためのツールはどのように決定したのですか?

猪股 各ブースで満足度分析のためのアンケート調査を実施しました。また、来場者数と属性(世代、性別)を把握するために、入口に AIカメラを設置しました。世代は「0~10代前半」「10代後半~20代前半」「20代後半~30代前半」「30代後半~50代前半」「50代後半〜」の 5 種類に分類できます。区はスマートフォンを使ったGPS人流データを所持していて広域の人流を把握できるのですが、GPS人流データは20歳未満のデータが取得できないという課題がありました。その点AIカメラが威力を発揮しました。

――「アンケート調査」「AIカメラ」「GPS人流データ」というツールを使ったということですね?

猪股 はい、そのとおりです。重要なのは、単にこれらのツールを使ってデータを集めて報告書を書いたというのではなく、最初にこれらのツールを使う目的を仮説検証と明確に定め、その結果を事業の改善や展開に役立てるために使ったという点です。

データ分析の成果~改善のための新たな気づき

――イベントで収集したデータの分析結果からどのようなことがわかり、それがどのような改善につながりましたか?

猪股 「体験型イベントに興味・関心がある」という仮説については、各ブースでのアンケート調査の結果、体験型ブースが最も高い満足度であることが示され、仮説が検証されました。また、「子どもが多く参加する」という仮説についても、AIカメラを使った参加者の年齢層分析の結果、10代前半の参加者が多かったことがわかり、同様に検証されました。
同時に新たな気づきもありました。区民まつりは板橋区最大規模のイベントで、その中で開催される「絵本のまちひろば企画展」もそれなりの認知度はあると思っていました。しかしアンケート調査の結果、本イベントを区民まつりに「来場した時に知った」という回答が最も多い36 %で、「SNSで知った」という回答は 10.5 %に留まりました。この結果をふまえ、翌年の 2023 年の開催の時には、その年に開設した区の公式LINEアカウントを使ってイベントについて周知し、結果的に LINE友だちの数も増えたので、効果はあったと考えています。
また、最大規模のイベントなので、板橋区内の人はたくさんいらっしゃると思っていたのですが、GPS人流データを見ると、イベント会場周辺からしか参加していないことがわかりました。一箇所だけでイベント実施するのでは不足なのではないかという改善提案が生まれました。

――「よろず相談DX」では、どのような経緯でこの「絵本のまちイベントデータ分析」を行うことになったのですか。

猪股 「よろず相談DX」には普段から「こういうことをしたいのだが何か良い方法はないか」と相談が持ち込まれます。この時は最初、都市計画の部署から AIカメラを使って街づくりの分析ができないかという相談でした。結局、その現場に今すぐに AIカメラを活用することは難しそうだということになったのですが、結果的にそれが AIカメラの用途を考えるきっかけになりました。検討の結果、AIカメラは映った人物の顔を認識し、子どもも含めて世代を分類できる点を認識していたので、その使い方をできる部署に広げていきたいという考えから、板橋区民まつりと絵本のまちひろばを担当する部署と連携して実証実験することになったのです。

データの使い方を「逆方向」に設定する~仮説に基づいたデータの取り方と分析

――「絵本のまちイベントデータ分析」の事業について、「データ分析すること自体が目的化すると、データ利活用は失敗してしまう」「庁内データとして共有化されていても使われず、きれいなグラフを作ってもサービスの向上につながらない」状況は不十分であるとおっしゃっていました。〈「Tokyo区市町村DXaward2023」(2023年11月17日開催)でのプレゼンテーションより 〉

猪股 私は自治体の職員として採用され、窓口の職場やイベント開催を実施する部署を経て、今のIT推進課に異動しました。その経験から、板橋区ではデータ利活用の意識がまだまだ不十分だと思うようになりました。アンケート調査にしても従来どおりのアンケートを取ってそれを報告書にまとめておしまいで、それが区民サービスの向上や新しい事業の創出につながっているという実感がありません。そうではなくて、事業を改善するきっかけとして、“区はこういう仮説に基づきこういう意図でこのサービスを始めたので、その仮説が正しかったかを検証するためにこのアンケートを取る”というように、データの使い方を逆方向に設定することの重要性を「よろず相談DX」の取り組みの中で学びました。

民間のデータ利活用手法「効果検証モデル」に学ぶ

――このイベント分析に効果検証モデルを用いようと判断したのはどういった背景なのでしょうか?

IT推進課DX戦略係係長 安藤正博氏
IT推進課DX戦略係係長 安藤正博氏

安藤 EBPMは「エビデンス (合理的根拠・証拠) に基づく政策立案」という意味であり、公的機関向けの考えですが、いろいろと検討した結果、データ評価という点では、民間のマーケティング活動で使われるデータ利活用の手法が有効だと考えました。具体的には、『データ利活用の教科書』(翔泳社、マクロミル社・渋谷智之著、2022年)を参考にしました。構築した効果検証モデルは、この文献に基づいています。

民間の場合は、データに基づいて仮説を立て実際に試します。もし失敗したら、仮説が間違っていたと受け止め、次の改善に役立てていきます。しかし、公的機関は税金を使うのだから失敗は許されないという風潮があり、ある意味逆に数字をシビアに追求することをしない傾向があります。今回、それを変えるきっかけにできないかと考えました。EBPMも、客観データに基づいて政策を立案するとしながらも、実は先に政策ありきで、それを裏付けるデータを後から用意するという側面がなきにしもあらずです。そうではなく、本当にデータを収集して、仮説が間違っていれば別の仮説を立てて検証を繰り返し、事業内容の決定につなげる道筋にならないかと思ったのです。

データ分析の目的と切り口~他の自治体へのアドバイス

――今回のイベント分析の取り組みは、他の自治体にどのように参考になると思われますか?

安藤 どの自治体でも各種イベントを開催していると思いますが、その効果測定にどのようなデータが使えるかについては、参考になるかもしれません。また、アンケート調査についても設問を工夫することが必要になります。今回のケースで言えば、子育て世代というセグメントも分析対象となっていましたが、子育て世代というのは実年齢のことではなく、何歳の子供を持ってるかが知りたいところです。実年齢の情報はGPSでも取れますが、どういう年齢の子供と来てるかという情報は取れません。AIカメラは、低年齢は「0~10代前半」とくくられてしまうので、小学校に上がる前の子どもたちのことは、一緒に来る親御さんへのアンケート調査でしかわかりません。また、その子どもたちが何に満足しているのかを知りたいときには、設問をしっかり記述して、親御さんではなく本当に子どもの満足度を把握できるようにする必要があります。

つまり、アンケート調査に限らず、どのような目的、切り口でデータを集めて分析するのかを最初にしっかり見極めるのがポイントです。こうした板橋区の取り組みを、自治体でのデータ活用方法の横展開、普及のきっかけにできればと思っています。

* 本記事は、地方公共団体DX事例データベースに掲載しているDX事例「鍵は仮説思考にあり!人流・アンケート等を用いたイベント分析の実証事業」の特集記事となっています。こちらもあわせてご覧ください。

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