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コラム

大きく変わる行政サービス:キーワードは「予測・予防」「マスから個」「民間サービス」

2016年06月10日(金) [株式会社 三菱総合研究所 社会ICT事業本部  主席研究員 村上 文洋]

※このコラムは、「行政&情報システム」(2015年10月号)に掲載した連載企画「資源としてのデータを考える(第2回)」の内容を、発行者である「一般社団法人行政システム研究所」の了解を得て、掲載しています。

→ PDF版はこちら 「「資源」としてのデータを考える_2」 [PDF 1.5MB]


第1回(2015年6月号)では、「世界最先端IT国家創造宣言」の改訂に向けて、データドリブンの重要性について述べた。その後、2015年6月30日に改訂版が閣議決定・公表された*1。 改定された「世界最先端IT国家創造宣言」では、「「データ」の活用、すなわち IT の利活用こそが、経済成長をもたらす鍵であるとともに、課題解決にもつながる」(p.2)、「データ駆動型の行政運営に取り組み、革新的かつ透明性の高い電子政府の実現を目指す。今後、政府においては、組織や業務の壁を越えた分野横断的なデータの利活用を含め、データを駆使した行政運営を強化し、政策企画や評価の高度化、サービスの品質向上、行政運営の効率化を図る。」(p.8-9)、「従来政府が担っていたサービスの提供機能を民間にも開放し、官民の協働によって、より利便性の高い公共サービスを創造する。」(p.27)等が盛り込まれた。
また、同宣言では、「「行政分野におけるオープンな利用環境の整備に向けたアクションプラン」*2 を踏まえた取組を推進する。」(p.28)としている。ただし、2015年5月14日に開催された新戦略推進専門調査会第13回電子行政分科会では、「「電子行政分野におけるオープンな利用環境整備に向けたアクションプラン」の成果と今後」*3 の中で、「オープンな利用環境のルールはほぼ整備されたが、国民が実感できるサービスがない」との指摘がされている。

連載の第2回では、海外の事例などをもとに、データを有効に活用することで、行政サービスや、行政と市民や企業の関係、さらには行政そのもののあり方を大きく変革することが可能であり、我が国の政府や地方公共団体も、この点に着目して施策を進める必要があることを指摘したい。少子化による人口減少と、高齢化による人口構造の変化に直面する我が国にとって、成長を前提とした社会制度は様々な場面で不適合を起こしている。ITを活用して従来の行政サービスの利便性・効率性を高めるだけでなく、全く新しいサービスや仕組みを創りだしていく必要がある。

事後対応から予測・予防へ

2011年にカリフォルニア州サンタクルーズ市が導入した犯罪予測システム「Predpol」*4 は、過去の犯罪発生データなどをもとに、独自のアルゴリズムを用いて、その日、犯罪が発生しやすい場所・時間を予測し、重点的にパトロールすることで、犯罪を未然に防ぐ試みである。実際に犯罪発生件数が減少したという報告もあり、全米に広がりつつある。 ニューヨーク州消防局は、その地域の居住者の所得、建物の築年数、スプリンクラーの設置状況、空き家の状況など、様々なデータから火災の発生リスクを予測し、消防点検の優先順位を付けることで、火災発生を未然に防ぐ計画を発表している*5



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図 Predpol
出所:https://www.predpol.com/


日本でも、ホンダと埼玉県が、自動車の走行データをもとに急ブレーキ多発地点を抽出し、事故の発生を防ぐ取り組みがなされている*6 。千葉県立東金病院などでは、病院と診療所が患者の情報を共有し、糖尿病の重症化予防に取り組んでいる。
これまでの行政サービスは、事件や事故が起きた後に対応することが多かった。しかし、問題が発生・重大化した後に対応するより、事前に発生・重大化を予測し、先手を打ったほうが、被害やコストを軽減できる。様々な技術の進化や普及により、データの収集・活用が容易になったことが、予測・予防の可能性を高めている。

マスから個へ

アメリカの保険会社Progressiveは、自動車保険加入者の車に「スナップショット」という機器を取り付け、走行データを保険会社に送信することで加入者の運転状況をモニターし、安全な運転をする加入者には保険料を割り引くサービスを提供している*7 。オープンデータビジネスの成功モデルとして有名な、農業保険のThe Climate Corporation*8 は、政府が公開している大量の地質データや気象データなどをもとに、農地毎の被害発生確率を予測し、保険料に反映させている。保険ビジネスは、過去のデータをもとに病気や事故の発生確率を統計的に推計し、保険料を算出することで成り立っている。以前は、年齢、性別といった粗い区分で保険料を算定していたのが、大量のデータをもとに独自のアルゴリズムを考案することで、より細かい区分、場合によってはひとりひとりの状況に合わせて保険料を算出し、保険商品を提供することが可能になっている。



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図 Progressive 社の自動車保険
出所:https://www.progressive.com/auto/snapshot/


日本でも、レセプトデータを用いて、後発薬への切り替え可能な対象者を抽出し、ひとりひとりに切り替えを薦める葉書を送ることで、医療費を抑制する試みが、多くの自治体で行われている。

これまでの行政サービスは、住民ひとくくりで、しかも住民からの申請を受けた後に提供される(申請主義)ことがほとんどだった。しかし、スマートフォンの普及やデータ収集・活用技術の進歩により、これからは、「個人個人に合わせて最適化した行政サービス」を「申請する前に行政側から働きかけて提供する」ことが可能になる。マーケティングの世界では、テレビCMのようなマスマーケティングから、インターネットによるターゲッティング広告へとシフトしつつある。行政サービスも、時代に合わせて進化しないといけない。



表 データ活用により変わるサービスの例
従来これから
自動車保険年齢(例:40代)あなたの運転状況
農業保険大まかな地域あなたの農地・作物
CMこの番組を見ている視聴者層あなた
行政サービス子育て中の人あなたが必要とするサービス

民間サービスへの組み込み

東日本大震災後、電力需給が逼迫し、国民に節電を呼びかける必要が生じた際、電力各社は自社サイトで電力需給情報の公開を始めた。これをオープンデータにしたことで、電力の逼迫状況をリアルタイムで可視化する様々なスマホアプリが開発され、各地のデジタルサイネージで表示され、ヤフーなどのポータルサイトがトップページに表示した。「情報の提供」と「サービスの提供」を分離し、民間の技術やサービスを有効に活用することで、迅速かつ効率的・効果的な情報提供が実現した。

これまで行政機関等は、保有する情報を、各々のウェブサイトや広報紙など、自前の媒体で発信していた。しかし上記のように、オープンデータ化することで、コストをかけずに、より多くの人に届けることができる。一般社団法人オープン・コーポレイツ・ジャパンが提供する「マイ広報誌」*9 は、自治体の広報紙の情報を収集し、より利用しやすい形で提供している。約400万人が利用している家計簿アプリ「Zaim」*10 は、利用者が利用可能な自治体の給付金や手当・控除などの情報を収集・提供している。NPO団体アスコエ/株式会社アスコエパートナーズの「子育てタウン」*11 は、自治体Webサイト向け標準メニュー体系である「ユニバーサルメニュー(UM)」*12 を活用して、各自治体の子育て関連情報提供を、住民にとってよりわかりやすい形に編集して提供している。図書館蔵書・貸出情報横断検索サービスの「カーリル」*13 は、全国約6,700の公共図書館、大学図書館、専門図書館の蔵書検索が可能である。このように、行政が保有する情報を、民間のサービスを活用して、よりわかりやすく便利に提供する例が既に出始めている。

行政手続きを行ったり、行政サービスを利用したりするのは、住民から見ると、生活の中のごく一部である。普段は、ヤフーやグーグルなどの情報サービスを使い、ショッピングセンターやコンビニなどで買い物をする。わざわざ役所の窓口に来させたり、役所のウェブサイトを見させるのではなく、民間サービスの中に、行政情報や行政サービスをうまく組み込んだほうが、利用者にとって便利であるし、より質の高いサービスが提供できる。



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図 家計簿アプリ「Zaim」の給付金情報サービス
出所:https://auth.zaim.net/benefits


インターネットやスマートフォンの普及、さらにはIoT*14 やビッグデータ活用技術の進歩など、行政サービスを大きく変革する技術的な環境が整いつつある。いつまでも「電子行政=手続きのオンライン化・ワンストップ化」と従来の延長線上で捉えるのではなく、これからはノンストップ化、つまり住民が申請などのアクションを起こさなくても、行政が先回りしてその人にあったサービスを提供するといったサービスも技術的には可能である。しかもそのほうが、行政コストの削減にもつながる場合もある。そのためにも、現在、開発・普及が進む技術動向をきちんと見定めた上で、住民起点の行政サービス改革やそれを実現する制度改革などを進めていく必要がある。



*1 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/kettei/pdf/20150630/siryou1.pdf

*2 http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/cio/dai56/seibi2.pdf

*3 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/senmon_bunka/densi/dai13/siryou3.pdf

*4 https://www.predpol.com/

*5 出所:WSJ
http://blogs.wsj.com/digits/2014/01/24/how-new-yorks-fire-department-uses-data-mining/

*6 http://www.glocom.ac.jp/chijo_lib/119/050-062_imai.pdf

*7 https://www.progressive.com/auto/snapshot/

*8 https://www.climate.com/

*9 https://mykoho.jp/

*10 http://zaim.net/

*11 http://www.asukoepartners.co.jp/service/eppp.html#kosodatetown

*12 http://www.asukoepartners.co.jp/universalmenu/

*13 https://calil.jp/

*14 「Internet of Things」。全てのものがインターネットにつながること。

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