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コラム

データドリブン:IT戦略の改定に向けて

2016年06月10日(金) [株式会社 三菱総合研究所 社会ICT事業本部  主席研究員 村上 文洋]

※このコラムは、「行政&情報システム」(2015年6月号)に掲載した連載企画「資源としてのデータを考える(第1回)」の内容を、発行者である「一般社団法人行政システム研究所」の了解を得て、掲載しています。

→ PDF版はこちら 「「資源」としてのデータを考える_1」 [PDF 1.8MB]


2011年に世界経済フォーラムが発表した「パーソナルデータ:新たな資産カテゴリーの出現*1」の中に、「パーソナルデータはインターネットにおける新しい石油である」との記述がある。パーソナルデータを含むデータ全般の価値を再認識し、死蔵しているデータをより有効に活用しようという試みが、各国政府や自治体、民間企業などで始まっている。しかし石油が採掘して精製しないと活用できないように、データも掘り出して様々な形に加工しないと活用できない。本連載では、本号、10月号、12月号の3回に渡り、「資源」としてのデータをいかに有効活用するかを考える。

第1回は、我が国のIT戦略である「世界最先端IT国家創造宣言*2」に着目する。「世界最先端IT国家創造宣言」では「オープンデータ・ビッグデータの活用の推進」の項で、分野横断のデータ流通の促進や、データドリブンイノベーション創出環境の整備などを掲げている。この原稿を執筆している2015年5月13日現在、「世界最先端IT国家創造宣言に対する意見募集について」として、今後の推進や改定の参考とするため、国民から意見を募集している。意見提出の締切は5月27日なので、この原稿が掲載された号がお手元に届く頃には、既に締め切られているが、本稿では、これまでのIT戦略の成果と、今後のIT戦略の改定に向けてデータドリブン(※)の取り組みをいかに拡充していくかを考える。

※データドリブン:ドリブン(driven)とは「動かす、駆動する」という意味で、データドリブンとは、狭義ではコンピュータの計算方法のひとつを指すが、ここでは、「データ重視」「データを最大限に有効活用する」といった広義で用いる。

IT戦略の変遷

我が国のIT戦略の歴史を振り返ってみると、2000年12月に制定された高度情報通信ネットワーク社会形成基本法(IT基本法)を受けて、2001年1月に策定された「e-Japan戦略」が、初めてのIT戦略である。「e-Japan戦略」では、重点政策分野として「超高速ネットワークインフラ整備及び競争政策」「電子商取引」「電子政府の実現」「人材育成の強化」が掲げられた。
2003年7月の「e-Japan戦略II」では、「IT基盤整備(第一期)からIT利活用(第二期)への進化」として、普及しつつあるブロードバンドネットワークを活用して、構造改革と新価値創造を進めるためのIT利活用などに焦点が当てられた。また、KPI(評価指標)の設定や評価専門調査会の設置など、評価の仕組みが導入されたのも、この戦略からである。
2006年1月の「IT新改革戦略」では、ITの持つ構造改革力を最大限に活かして社会を変革し、様々な社会課題を解決するとともに、広く世界に情報発信し、国際貢献に寄与することが掲げられた。
2008年のリーマンショックに対応するため、2009年4月には「デジタル新時代に向けた新たな戦略(三か年緊急プラン)」が急遽策定され、2009年7月には2015年を目標年次とした「i-Japan 戦略 2015」が策定された。しかしその直後に政権交代があり、この戦略が推進されることはなかった。
新政権の下、2010年5月に「新たな情報通信技術戦略」が策定された。また評価専門調査会は廃止され、大臣、副大臣、政務官による企画委員会と、有識者によるタスクフォースが設置された、
2012年12月に再び政権が交代し、2013年6月に「世界最先端IT国家創造宣言」が策定された。企画委員会とタスクフォースは廃止され、代わって新戦略推進専門調査会が設置された。現在、この専門調査会の下には、電子行政、医療・健康など9つの分科会が設けられている。
また、2012年8月には政府CIOが任命され、2013年3月には、政府CIOの権限を明確にするための政府CIO法案が可決された。

約15年間の取り組みを振り返ってみると、ブロードバンドネットワークや電子商取引など、制度改正や競争環境整備のもと、民間主導で進んできた施策は概ね成果を挙げている。一方、電子申請などの行政サービスの高度化や行政内部の効率化などは、まだ道半ばといえよう。

ITガバナンスへの取り組み

「世界最先端IT国家創造宣言」に盛り込まれた数々の施策の中で、特に注目すべきものとして、IT投資管理の徹底と、政府CIOによるITガバナンスの強化が挙げられる。 これまで政府の情報システムは、その全体像すら正確に把握されていなかった。この課題に対応するため、2012年度には、政府の情報システムの棚卸し調査が行われ、この結果を集約・活用していくための、政府情報システム管理データベース(ODB:Official information system total management Database)が整備された。
また、「世界最先端IT国家創造宣言」には、2012年度時点で約1,500あった政府の情報システムを集約して半減するとともに、運用コストを約3割削減するという具体的な数値目標が盛り込まれた。さらには、2014年度予算からは、情報システム予算を獲得するためには投資計画の策定が義務付けられた*3。大規模なシステムに関しては、政府CIOのレビューが必要となり、情報システムの導入目的の明確化やBPR(Business Process Re-engineering=業務プロセスの最適化)が徹底されるようになった。IT投資の状況を公開する「ITダッシュボード」も整備された(図1)。

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図1 ITダッシュボード
出所:http://www.itdashboard.go.jp/Statistics/procurement#200

データ活用の促進を

このように、ITガバナンスの強化に向けて、まずは現状を正しく把握するためのデータが整備され(ODB)、これを踏まえて、ITガバナンスを効かせるための制度設計や、数値目標の設定などが行われた。また、ODBデータの分析なども進められている*4。今後はこのITガバナンスの仕組みを基盤として、様々な施策を進めていくことになるが、中でも特に重視して進めるべき点が、データドリブン=データを基礎として各種施策の検討や評価などを行うことである(図2)。
データは、正しく扱えば、客観的かつ正確に実態を把握することができる。また、効果や課題を正しく分析して施策の改善に活用できる。これまで、往々にして勘や経験をもとに行われてきた様々な施策が、データを有効に活用することで、より的確かつ効果的になる。

また、スマートフォンの普及やセンサーの低廉化、大容量のデータ処理技術の進化などにより、従来は扱えなかったデータを活用できるようになりつつある。Twitterのつぶやき情報を分析して広報や観光施策に活用したり(岡山県)、スマートフォンの位置情報を活用して市民や観光客の動態を把握したり(倉敷市)、プローブ情報(自動車の位置や車速などの情報)を活用して、急ブレーキ多発地点を割り出し、安全対策を講じる(埼玉県)といった取り組みが既に行われている。 さらには、データを有効活用することで、一人ひとりにあったサービスを提供することも可能になる。レセプト(診療請求明細書)データを活用して、後発薬の利用を促進したり、重複・頻回受診を改善するといった取り組み(呉市)などが行われている。



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図2 電子政府の将来像(イメージ)
出所:第12回新戦略推進専門調査会電子行政分科会資料7より
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/senmon_bunka/densi/dai12/gijisidai.html

データ活用を促進するための仕組みづくり

今後は社会全体で、いかに安全かつ円滑にデータが流通する環境を構築するかが鍵となる。オープンデータの推進もその一環である。オープンデータに関しては、データを出す手間だけかかり、効果が見えないとった声が現場から挙がっている。この問題に対応するには、データ保有者自らがデータを積極的に活用することが望ましい。さいたま市では、第四次さいたま市情報化計画の中で、この課題に取り組んでいる(図3)。市が保有する様々な情報や市民の声などをデータベース化し、加工・分析して政策判断や市民サービスに活用しようとしている(図の左の流れ)。そしてこの中から公開可能なものを、オープンデータとして公開する(図の右の流れ)。こうすることで、一連の業務の流れの中で、できるだけ手間をかけずにオープンデータを推進できる。 民間企業においても、東京メトロのオープンデータ活用コンテストのように、保有データを公開することで、低コストで優れた情報サービスを利用者に届けることができることが理解されつつある。

これまではまずデータ活用の目的が設定され、それに応じた方法でデータの取得が行われてきた。無作為抽出による住民アンケートや、気象データを測定するための機器の検定制度などがその一例である。しかしこれからは、別の目的のために取得したデータを、他の目的にも活用していく必要がある。そのためには、従来の統計学的手法に加え、ビッグデータを含む新たなデータ活用手法の開発や、データの取得・収集を容易にするための技術開発、データを安心して流通・活用するための制度整備など、データマネジメントの仕組みづくりが必要となる。 次の「世界最先端IT国家創造宣言」の改定では、データ活用促進のための様々な施策が盛り込まれ、新たなビジネスの創出や行政サービスの向上などが促進されることを期待したい。



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図3 さいたま市が目指すオープンガバメント
出所:第四次さいたま市情報化計画
http://www.city.saitama.jp/006/007/004/003/p041107.html


*1 http://www.weforum.org/reports/personal-data-emergence-new-asset-class

*2 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/kettei/pdf/20140624/siryou1.pdf

*3 平成26年度政府情報システム投資計画
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/senmon_bunka/densi/dai9/siryou4.pdf

*4 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/senmon_bunka/densi/dai5/siryou4.pdf

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